2005年12月15日

JOHN LENNON “THE NEW YORK YEARS”

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JOHN LENNON “THE NEW YORK YEARS”


 1980年12月9日の夕方、高校生だった僕は寝転がってテレビを観ていた。5時半からのアニメの再放送(このときは「ルパン三世」だっただろうか?記憶は曖昧だ)が終わり、ニュースが始まった。
「元ビートルズのジョン・レノンさんが暗殺されました」
 なにいってんだ。そんなバカな。ウソだろ?世界が音を失い、それまで信じてきたものが崩れ去ってしまう、そんな経験を初めてした。
 FMの特集番組を聴きながら呆然と涙を流していた日々から、もう25年になる。四半世紀。いまだに痛みは消えていない。これは、ジョンがニュー・ヨークで過ごした10年間を、友人で専属写真家だったボブ・グルーエンの写真と文章で描き出した本だ。名曲が生まれた背景や、有名なエピソードの裏に隠されていた真実などが、描き出されている。

 最近では、ジョンはFBIに暗殺されたというのが定説になりつつあるようだ。FBIの監視記録も公開されている。ここで細かい論証をする必要はないだろうが、平和へのメッセージを発信し続けるジョンは、アメリカにとってとても目障りな存在だったに違いない。ジョンの活動が反戦ムードを作り出し、少なからずベトナムからの撤退に影響したはずだ。
 今の世界にとって不幸なことは“ジョン・レノン”がいないことだ。ジョンが生きていたら、9・11以降の世界は違ったものになっていたのではないか。そんな思いが拭い去れない。その意味ではアメリカにとってジョンの暗殺は成功だったわけだ。今、残念ながら“ジョン・レノン”のようなアーティストはいない。まあ、やりすぎればアメリカに殺されかねないと思うと、無理はできないのだろう。

 息子のショーンが生まれてからの5年間、ジョンは子育てに専念して一切の仕事をしなかった。ベッドでショーンを抱いたジョンの写真がある。まさしく光り輝く美しい日常の一コマだ。なんという幸せな表情なのだろう。家族と過ごす時間がどれだけ素晴らしいものだったかがうかがい知れる。その美しい日常を音楽で再び表現し始めたときに、それは起こってしまった。いや、入念に計画され、実行されたと言った方が正確だろう。
 九条の会の講演会で井上ひさしが、「平和」を守ろうと言ってもなかなか伝わらない、「日常」を守ると言い換えるようにしている、と言っていた。恋人とクリスマスイルミネーションを見て歩くこと、友達と暗くてボールが見えなくなるまで続けた野球、鉛筆を回しながら聴いた学校の退屈な授業、家族との夕食、ビールを飲みながらロッテの優勝を喜ぶこと、そんな日常を失わないために平和が必要なのだ。
 ジョンが最後に残した「ダブル・ファンタジー」もそのような日常の美しさに満ち溢れたアルバムだった。まだまだそんな人生の瞬間を輝く作品にしていってくれるはずだった。
 最後の5年間、ジョンは人生でもっとも幸せな時を送った。この写真集を見ると改めてそれが確認できるようだ。それだけが唯一の救いだ。

 ニュー・ヨークの貧しい街角で、古い家の壁に"Imagine"の歌詞が書かれている。

Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
No religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

 最後のページにそんな写真がある。ジョンはもう居ないが、まだ忘れていない人たちはいる。僕も決して忘れない。一人一人がそれを忘れずにいれば・・・。

そういえば、もうすぐクリスマス。雪

So this is Christmas
And what have you done

And so this is Christmas
For weak and for strong
For rich and the poor ones
The world is so wrong
And so happy Christmas
For black and for white
For yellow and red ones
Let's stop all the fight
 …
War is over
If you want it
War is over
Now

こんなクリスマス・ソング、ジョン以外には書けないだろうな。

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2005年12月13日

戦争の記憶をさかのぼる

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戦争の記憶をさかのぼる   ちくま新書

    坪井 秀人/著  筑摩書房

    出版年月 2005年08月
    248p, 18cm, ¥777(税込み)
    ISBN 4-480-06252-1

 湾岸戦争当時、著者はとある国立大学のキャンパスで学生たちが戦争の推移について話しているのを耳にする。ハイテク兵器の名前や機能のすばらしさを挙げながら、ゲームを楽しむかのように嬉々として語り合っている。
 戦後50年の1995年、高市早苗衆議院議員は次のような発言をしている。
「少なくとも私自身は、当事者とはいえない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」
 小林よしのりや加藤典洋と高橋哲哉などの論争をよそに、「そんなことは、知らないよ」と無垢な声が響き渡る。
 戦後50年から戦後10年、さらに敗戦前後まで「記憶」を遡っていく。

 1995年8月15日の「毎日新聞」の社説と1985年のそれとの比較。

  1995年
   私たちは、私たちの父祖が中国や韓国、アジアの人々に犯した過誤をしっかりと見つめ、子孫としての道義的責任を痛感しなければならない。

  1985年
   いま私たちは、戦争を知らず、死者の思い出も持たぬ戦後世代に、あの戦争の意味を語り継がねばならない。被害者としての悲惨な体験だけでなく、日本が加害者の立場にあったことを正確に伝え、この世界には、平和にまさるいかなる価値もあり得ないことを知らせねばならない。

 10年間で語りの主体が変化している。

 さらに敗戦前後、メディアや文学者達がどのように戦争に荷担してきたかが掘り起こされ、ポツダム宣言を受諾した8月14日でも降伏文書にサインした9月2日でもなく、8月15日が終戦記念日として「玉音放送に涙する民草」という記憶を作られてきた仕掛けが解き明かされていく。そこでは敗戦という罪を背負った民草が天皇に赦され、それによって天皇も赦されてしまっている。
それにしても戦争意欲を煽った高村光太郎の無責任、新聞の厚顔無恥な無反省には驚くばかりだ。なんの反省もしないで今まで生き続けてきた新聞は、再び同じ過ちをくり返すのだろうか。
posted by yasu at 14:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月29日

英語で発するヒロシマ・メッセージ

英語で発するヒロシマ・メッセージ
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増田 一也/編著  三五館

    出版年月 2005年07月
    94p, 19cm, ¥1,050(税込み)
    ISBN 4-88320-329-8


井上ひさし
大江健三郎
ダライ・ラマ
ヨハネ・パウロ2世
アルベルト・フジモリ(ペルー共和国大統領)
フィデル・カストロ・ルス(キューバ共和国国家評議会議長)
オスカル・ルイジ・スカルファロ(イタリア共和国大統領)
シモン・ペレス(イスラエル前首相)
リヒャルト・フォン・ワイツゼッカー(ドイツ連邦共和国・前大統領)
ジミー・カーター(アメリカ合衆国・前大統領)
ミハイル・ゴルバチョフ(ソビエト社会主義共和国連邦・元大統領)
     ・
     ・

 といった人たちがヒロシマを訪れたときに発したメッセージを、和英文対訳で掲載している。中学高校の英語副読本に最適なのではないだろうか。
 それにしてもこれだけの各国首脳が平和への決意を表明しているのに、なぜいまだに戦争は無くならないのか。やはり政治家というのは口先だけなのだなあ、とあらためて実感してしまう。
 被爆者自身が描いた絵画が同時に収録されている。「絵」とはいえ、凝視に堪えないものもある。ここに描かれているものは地獄そのものだ。60年前にこれが現実としてあったとは信じたくないほどだ。この真実は偉い人たちの言葉よりも遥かに力強く訴えかけてくる。
 気になるのは、メッセージが出された日付にあまり最近のものがないこと。世界の中では、もう、ヒロシマは風化してきているのだろうか。確かにいま現在、核の脅威はあまり現実的なものとして捉えられなくなったのかもしれない。冷戦時代の米ソ核戦争というようなリアリティは、今は無い。アメリカが戦争を始めるための「言い掛かり」としての「核の脅威」があるのみだ。核の使用が人類の破滅に繋がることは誰でも分かっていることなのだから。ただ、現状に慣れてしまうのは怖い。それがある限り訴え続けていかなくては。
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2005年09月29日

容赦なき戦争

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容赦なき戦争


 太平洋戦争下、日本人は白人と同等の「人」とは見なされず、猿や害虫のイメージを当て嵌められた。猿に近い下等生物がヒトラーの真似をして世界を破壊している。狡猾、二枚舌、残虐な日本人は駆除・殲滅しなければならない。同じ人間とは違う害獣・害虫は捕虜に取るより殺した方が望ましく、無差別爆撃や原爆投下にはなんの躊躇いもなかった。
 他方、日本では自らの純粋性を強調し、日本人を世界の指導民族と位置づける。鬼のように残虐な英米に対し、凛々しい桃太郎のイメージも登場する。極悪非道のアメリカ軍に降伏などしたらどんな恐ろしい目に遭わされるか知れない。それくらいなら玉粋し、英霊と奉られた方がましだ。
 映画、雑誌、漫画などあらゆるメディアを用いたプロパガンダが、双方の国民に同じ人間ではない「敵」への憎悪や恐怖を駆り立てていく。この人種主義が、殺すか殺されるまで終わらない容赦なき戦いへと導いていく。
 「敗北を抱きしめて」のジョン・W.ダワーによる壮絶な人種戦争の研究だ。当時の漫画など、貴重な資料も掲載されている。

 ここに描かれた日本の英米への視線、英米の日本への視線は、今世界がイスラム原理主義者やブッシュがテロリストと呼ぶ集団に向けているものと似ていないだろうか。自由主義を広めるためのテロとの戦いは、大東亜共栄圏建設のためのアジア解放の戦いとどう違うのだろうか。
 アメリカ人に掃討されているのはテロリストという人間でないものの集団ではない。私たちと同じ人間なのだ。

 金正日に会ったことのある日本人はほとんどいないだろう。しかし、ほとんどの日本人は彼の人間性を知っている、と思いこんでいる。日本のメディアがそのようにし向けているからだ。その人間像は本当なのだろうか?また、マスゲームに参加している人々は本当に一糸乱れぬほど洗脳されているのだろうか?

 この本は私たちに大きな問題を投げかけている。
posted by yasu at 18:12| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月28日

世界から孤立して行く日本

「週刊金曜日」9/23号では、今回の自民圧勝を海外メディアはどのように報じたか報告されています。
 中国、韓国の冷ややかな目は当然ですが、ドイツ、フランスでもかなり厳しく報道されています。ドイツでは「小泉の勝利=民主主義の損失か?」「日本は侵略者としての時期を抜け出してはいるが、その歴史への後悔の念が弱まっている。いずれにせよ罪の償いをする意志がないことは(日中・日韓間の)信頼にもとづく将来の協力関係に良い影響を及ぼさない」と指摘。
 フランスでは「結局、この国をどこに導きたいのかという点に関し、何も明確にしていない」「大衆迎合的なスタイル」が「とうの昔に政治問題に関心を失った有権者をおびき寄せるに至った」など。
 その中でアメリカだけは比較的好意的に報道されているようです。アメリカのために利用価値のあるものが勝ったのだから当然でしょうか。

 どうも世界からはすでに「民主主義の死んだ国」と見放されかけているようです。このまま小泉が暴走をしていけば、日本はアメリカの奴隷となって世界の冷たい風から庇護してもらうしかないのでは?
 そんな国にはしたくないですね。

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「週刊金曜日」 9月23日 発売号目次

■アジアにも米国にも見放される日本
小泉圧勝で日本外交は奈落の底へ(原田 武夫)
9月11日に実施された第44回総選挙は、自民党を含む大方の関係者の予想を裏切り、自公与党が3分の2の議席を占めるという結果になった。だが、この「小泉圧勝」がむしろ日本の首を絞めることになるだろう。すでにその兆しは出始めている。

総括 小泉総選挙
海外メディアが分析する「小泉圧勝」
極右政党に生まれ変わった小泉自民党の暴走を心配
【韓国】改憲による軍国主義化に危惧 日朝関係の前進に期待(青木 理)
【中国】消えぬ日本への不信感 無関心は小泉への期待ゼロのあらわれ(麻生晴一郎)
【ドイツ】似たもの同士ながら対極の選挙戦(梶村太一郎)
【フランス】市民革命の国が見抜いた「貧しい政治の光景」(成澤 宗男)
【米国】小泉賛美に染まったお粗末「ジャーナリズム」(成澤 宗男)
小泉自民党の圧勝に海外メディアから驚きの声が上がった。
日本の進路について主要メディアはどう分析しているのだろうか。


■連載小説3 草の記憶(椎名誠 画・はた万次郎)
オニユラシ その3


■「ガザ撤退」の裏にヨルダン川西岸地区併合
イスラエルが手に入れたもの(小田切 拓)
ガザからイスラエル入植者と軍の完全撤退が9月12日に完了したと世界的に報じられた。
占領地区から追い出されるユダヤ人は可哀相な被害者だったのだろうか。
posted by yasu at 08:41| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月07日

ほんとうにやっていいの?郵政民営化

 今朝の新聞にも「賛成か。反対か。」という自民党の広告が載っていました。相変わらず郵政一本で乗り切ろうとしているようです。裏を返せば、郵政以外に国民に賛同を得られる政策がないということでしょう。
 自民党政権の継続=サラリーマン増税、国民のごく一部の富裕層へさらなる優遇、貧困層の増大、格差拡大による社会の不安定化、教育基本法改定による国民統制、憲法改定、徴兵制の復活、と、小泉ファシズムへ突っ走るのは目に見えています。そんな中で郵便局がコンビニに変身して便利になったところでなんの意味があるのでしょうか?

 だいたい小泉さんにとって唯一の論点である郵政民営化にしても、それが本当に改革につながり日本を良くしていくものなのか疑問です。
 330兆円が民間に流れると言いますが、郵貯は今まで政府の言うまま国債を買い支えてきただけで資金の運用などしたことがないのです。それが突然自由にしていいといわれても、まともな運用などできるはずがない。結局アメリカのなんとかファンドに委託してアメリカの都合のいいように使われることになるのではないでしょうか?それが竹中平蔵の狙いでしょう。
 そしてそのなんとかファンドには運用を失敗しても責任がありません。手数料だけ取って郵貯の資金は目減りしていく一方です。

 さらに、郵貯が国債の買い支えをやめてしまうとどうなるか?2008年には国債の大量償還が控えています。いまでも低い格付けにあえいでいる日本国債は大暴落ということも大いにあり得ます。そうなれば日本の経済は崩壊します。南米の国であったような何百パーセントというハイパーインフレも起こるかもしれません。
 そこでもっとも苦しむのは一般の国民です。富裕層や政治家たちはその中でも平気な顔で「困ったことになった」と笑っているでしょう。

 それでも日本人は小泉を支持するんでしょうね。もうファシズムは始まってしまっているようですし。

 郵貯の問題については郵貯崩壊に詳しくかかれています。あくまで一つの可能性ですが、あり得ないとは言い切れないと思います。

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2005年08月18日

茶色の朝

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 茶色の朝という本が静かながら評判になっているようだ。フランク・パブロフ作、イラストがあのヴィンセント・ギャロ。
 最初は猫だった。茶色以外の猫が処分され「俺」は飼っていた猫に胸を痛めるが喉元を過ぎれば忘れてしまう。次は茶色以外の犬が禁止され、それを批判した新聞は廃刊になってしまう。何かおかしいと思いながら、「茶色に守られた安全」のなかでそれなりの快適な生活に身をゆだねていく。友人は茶色の犬を、「俺」は茶色の猫を飼って安心していたが、法律が変わり過去に茶色以外の犬や猫を飼ったことがあるだけで罪になるようになってしまう。「抵抗すべきだったんだ」と後悔をするが「俺には仕事があるし、毎日やらなきゃならないこまごましたことも多い。他の人たちだって、ごたごたはごめんだから、おとなしくしているんじゃないか?」と言い訳をしてしまう。やがてすべてが茶色に染まった朝、「俺」の家のドアがたたかれる。
 とても短い寓話だ。2002年にフランス大統領選で極右候補が決選投票まで残ってしまったときこの本がベストセラーになったそうだ。茶色はナチの制服の色からフランス人にとってはファシズムや全体主義のようなものを想像させるそうだ。ほんの後半に詳しい解説が付いている。是非多くの人に読んでもらいたい本だ。大切なのは思考停止をやめること。現在の日本の状況にも当てはまる。

 原水爆禁止世界大会に初めて参加した。戦後60年ということもあり、数多くの新たな参加者があったようだ。
 長崎での初日、8月7日は全体集会と文化の夕べで4千5百人が参加したそうだ。海外からも多くの代表が集まり、「参加案内」によると26カ国から264名が参加しているそうだ。特にフランスからは約130人も来ているということだ。全体集会でそのフランス代表の女性が挨拶をした。美しい。会場がざわついた。こんな人が先頭に立てば、そりゃ130人ぐらいついてくるだろう。
 文化の夕べでは被爆体験を合唱と語りで構成したものや沖縄読谷村の子ども獅子舞などが披露された。前方の真ん中辺に陣取っている海外代表たちが大いに盛り上がっていた。やっぱり外国人はこういうのを楽しむのがうまいですな。
 翌日はテーマ別集会で、私は「アジア・日本の平和」というテーマの会に出席した。韓国、フィリピン、中国、アメリカなどから代表が参加し各国からの報告、討論が行われた。
 韓国からは北朝鮮の問題、フィリピンからは米軍基地問題、中国からは日本の政権内に右翼が台頭していることへの懸念や中国の核保有問題などが報告されたが、すべてに共通するのはアメリカの世界戦略がその大元にあることのように感じられた。アメリカの代表からはアメリカの新世紀戦略http://www.newamericancentury.org/が紹介された。世界をコントロールしようとするアメリカの傲慢さがわかる。

 8月9日、被爆の痕跡を巡る散歩に参加した。朝、ホテルを出るとたちまち真夏の日差しが襲ってくる。すかさずコンビニに入り1リットルのお茶を買う。最近のペットボトルはコンパクトになって便利だ。路面電車を待つがなかなかやってこない。待っているだけでも体力を奪われていくが、ようやく来た電車内は人でいっぱいだ。
 午前9時を少しすぎた頃、集合場所の長崎新聞社前に到着した。人がいない。まだ5分も過ぎていないが、もう出発してしまったのだろうか。建物の周りを歩いてみるがそれらしい人の集まりは見られない。入り口前まで戻ってみると、ビルの中に人が集まっている。その中に入って見回してみるが、知っている顔は無いようだ。この集団でいいのだろうか。ふらふらと歩きながら迷っていると、若い女性に声をかけられた。
「平和散歩に参加されるんですよね」
 ここでよかったのか。それにしてもなぜ彼女は私の名前を知っているのだろう。労連の人だろうか。まあ、どうでもいいか。
 ほどなくして出発となった。炎天下、数歩進んだだけで汗が噴き出る。坂もあり時に階段の登りもあり、散歩というよりは苦行のようなものだ。半分が倒壊し一本だけで立っている鳥居。石に刻まれた文字も爆風が吹いてきた側は熔けて消えてしまっている。大学の1メートル四方ほど有りそうな石の門柱が傾いている。内側のそれより小さな柱は跡形もなく吹き飛んでしまったそうだ。川に落ちた教会の鐘楼は、水を堰き止めてしまったがその横に新たに川が造られ、そのまま保存されている。
 60年前のこの日、これが現実に起こったのだと考えると寒気がした。この目の前の場所でどれだけの人が死に、どれだけの人が苦しみもだえていたのか。
 しかし、暑さですぐ現実に引き戻される。見渡す今の街は平和だ。ぼやぼやしていたらおいていかれそうになった。また歩かなくては。
 如己堂というところに来た。二畳一間の小さな家だ。自ら白血病に冒されながら、被爆者の治療に力を尽くした永井隆博士が住んだ家だそうだ。恥ずかしながらこの方のことを知らなかった。3日前に原爆資料館へ行ったとき、売店で永井隆さんの本が並ぶコーナーがあった。そこで初めて知り、1冊本を買ってみた。その本もここで書かれたものかもしれない。どんな人だったのだろうか。帰ったら早速読んでみよう。
 平和公園は満員で入場制限されていた。
「毎年来てるけど、こんなの初めてよ」
 近くにいたおばあさんが、中に入ることが出来ないで係員に愚痴をこぼしていた。60年目の区切りということだけではないだろう。それだけ平和に危機感を抱いている人が多いのではないだろうか。
 坂を下って爆心地へ向かう。今は公園となっているその場所に原爆落下中心碑が立っている。ここにも多くの人が集まってきている。それにしても暑い。シャツはもう絞れば水が流れるほどだ。木陰を見つけて逃げ込んだ。
 11時2分、黙祷。サイレンが鳴る。一瞬の閃光、爆風、何もかも溶かす熱、そして闇。原爆資料館で見た光景を思い浮かべてみる。60年前のこの時間、その想像を超える地獄がここにあった。どれほどの苦しみか、どれほどの恐怖か。いや、ここにいた人はそんなものを感じる間もなく消えていってしまったのだろう。
 目を開くと平和な夏の日だ。この暑さにぐったりさせられる幸せを大切にしよう。
 記念式典が終わり、港近くの夢彩都というショッピングセンターに寄ってみると紀伊国屋書店があった。ちょうど「憲法を変えて戦争へ行こう という世の中にしないための18人の発言」を買いたいと思っていたところだ。平和に関連したコーナーでもないかと思ったが、そこにあったのは扶桑社版歴史教科書の平積みだった。この長崎で8月9日にこのようなものを積極的に売るとは。なにも買わずに店を出た。店員は配本されてきたからそのまま並べただけなのだろう。自分で考えることをやめてしまった人間が増えているのだろうか。茶色の朝が近づいている気がしてならない。
 と、ここまで書いた後、新宿南口の紀伊国屋へ「憲法を変えて〜」を買いに行った。が、見つからない。入り口付近の一番目立つ場所にはあの歴史と公民の教科書や頭のおかしな漫画家の本など右翼系の本ばかり。店員に尋ねると岩波ブックレットは5階だという。行ってみるとやはり平積みは見つからず棚にわずか2冊が刺さっていた。こんなアカの本は絶対に売らないという決意が見て取れるようだ。ここは右翼の店だったのか、もうここで買うのはよそう、と思いつつ店を後にした。
 仕方がないので池袋で電車を降りリブロへ行った。新刊のコーナーを探すとかろうじて棚に面出しで置いてあった。それを手に取り中央の平積みを見て回ると東条英機の孫の本やアジアを見下した右翼本が大きなスペースを占めている。さらに入り口脇にはやはりあの漫画家の本が大量に積んである。なんだ、日本はもうすっかり真っ茶色じゃないか。何で今まで気がつかなかったのだろう。でも俺には仕事があるし、毎日やらなきゃならないこともある。他の人たちだって・・・いけないいけない。これからでも抵抗を始めないと。
posted by yasu at 13:43| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月22日

「週刊金曜日」4月22日号

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 反日デモの原因の一つともいえる教科書問題が、今週の特集になっています。こんなことをやっていては、言葉だけでごまかそうとしても近隣諸国は納得しないでしょう。

「週刊金曜日」 4月22日 発売号目次

■特集 2005年 教育があぶない

これが検定済教科書だ !
来年度から使われる中学校用教科書の検定結果発表後、
中国・韓国が猛反発している。
4年に1度の検定で、教科書に何が起こったのか、どう
変わったのか。
「新しい歴史教科書をつくる会」主導の扶桑社版教科書
を中心に、注目の個所を検証する。

扶桑社『新しい公民教科書』
ルール無視のロボット人間養成本(高嶋 伸欣)

扶桑社『新しい歴史教科書』
これでアジアの人たちと仲良くできるの?(小牧 薫)

そのほかの歴史教科書
すべての教科書から「慰安婦」が消えた(石井 建夫)

日中韓の共同編集で歴史教材発刊
『未来をひらく歴史―東アジア3国の近現代史』(俵 義文)
3年間かけて編纂された日中韓共同編集の歴史教材が、
いよいよこの5月に刊行される。
敗戦60年の今年、侵略と植民地支配の過去を克服する
試みがようやく結実した。
この書籍は、東アジア共通の歴史認識を提供する画期的な
教材として関心が寄せられている。


■中国の反日運動
衝突に向かって漂流する二隻の船
補完し合う新たな関係を(ハワード・フレンチ)
中国での反日デモが拡大している。
歴史教科書問題などをめぐる、日本の歴史に対する不誠実さ
が根源にあることを重々承知しつつも、暴力的な行動を認め
るわけにはいかない。
中国と日本は手を取り合うことができないのか?
日本で三年勤務し、現在上海で取材活動をしている、
米紙『ニューヨークタイムズ』の特派員に寄稿してもらった。

雲南省・昆明レポート
相手への想像力こそ問題解決の決め手(近藤 雄生)


■筑紫哲也責任編集ページ
映画界の巨匠 テオ・アンゲロプロスの意味
ギリシャの映画監督、テオ・アンゲロプロスが6年ぶりの
新作『エレニの旅』を発表した。
現役の、世界中の映画監督のなかでもっとも「巨匠」の名に
値すると評される彼が発信し続けるメッセージは、いま、
どういう意味を持つのか。
筑紫哲也・本誌編集委員が迫った。

「省略」に逆らう作家(筑紫 哲也)

『エレニの旅』の〈音楽〉の力(青山 真治)
アンゲロプロスは世界中の「同業者」からも尊敬される
存在だ。
『EUREKA』(2000年)などで国際的にも評価の高い映画
監督、青山真治氏は、新作をどう見たのだろうか。

詩人としてのアンゲロプロス(池澤 夏樹)
なぜ、あんな作品を次々と作れるのだろうか――。
アンゲロプロス映画の日本語版字幕を手がけ、個人的な
交友もある池澤夏樹さんが、あらためて持った疑問と、
その答えとは。

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2005年04月15日

今週の「週刊金曜日」

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「週刊金曜日」 4月15日号の目次です。


■米軍が、自衛隊が動く
いま自衛隊が、安保が、そして日本が変わろうとしている。
その動きをたどって行くと、各国で進行している米軍の再編
に突き当たる。
ブッシュの世界戦略に巻き込まれる日本。
それは憲法9条の骨抜きも意味する。

「米軍再編」で自衛隊は米国支配に(本誌取材班)

座間に米軍団司令部がやって来る(星 徹)
米陸軍四万人の兵力を動かす第一軍団司令部を神奈川・座間基地に
移転させる計画が動いている。米国との運命共同体的な後方支援を
担わされることに市民の反発が強まっている。

ネオコンは次の戦争を狙うか(成澤 宗男)
第二期ブッシュ政権は、従来以上に国際機関への挑発的な姿勢を
あらわにしている。背景には、世界中で戦争を起こす際に予想
されるあらゆる国際的制約を敵対視し、それを破壊しようとする
恐ろしい意図がある。

米国覇権に徹底利用される沖縄(新崎 盛暉)
「米軍再編」が進んでいる。その本質は、「沖縄の過重な基地負担軽減」
を口実に、米国の世界支配戦略に協力し、自衛隊を米軍と一体化すること
に他ならない。

下地島空港の軍事利用阻む「屋良覚書」(寺川 潔)


■佐高信インタビュー
トヨタ自動車とUFJが組んだ
ミサワホーム乗っ取り劇に創業者の三澤千代治氏が激怒!
「トヨタは“人殺し”で儲ける会社だ」
債権買い取り期限ぎりぎりで、産業再生機構に送り込まれてしまった
ミサワホームホールディングス。すでに引受先としてトヨタ自動車が
名乗りでた。これはトヨタ、UFJ、竹中平蔵金融担当相(当時)が
描いたシナリオなのか。渦中の創業者・三澤千代治氏が告発した。


■児童自立支援施設滞在ルポ
少年法「改正」に異議あり
絆を取り戻す道しるべ(西村 仁美)


■大メディアの正体11
「今のテレビがごみになる」
デジタル利権で笑うNHK(本誌取材班)
東京の民放キー局が相次いで株式を上場した背景には、一昨年から
段階的に始まった地上波デジタル放送があった。
業界推計によれば、必要な投資額はキー局で一〇〇億円前後、NHKを
含めた放送局全体では一兆円とされている。
このデジタル化利権でほくそ笑んでいるのが、実はNHKなのだ。


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